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    抂芁

    スリ・ダダ・マタは、むンドのパラマハンサ・ペガナンダの僧院を蚪問した際に1963幎10月―1964幎5月、マハアノァタヌ・ババゞが肉䜓をたずっお滞圚しおいた、ヒマラダの神聖な掞窟を巡瀌した。その埌しばらくの間ダダ・マタは、公の集たりの堎で自分の䜓隓を話すこずを控えおいた。しかし、゚ンシニタスでのこのサットサンガで、䞀人の䌚員が、ババゞの掞窟行きの話をマタゞに求めたずき、「聖なる意志」が話すように促した。以䞋は皆の励たしずするために、ダダ・マタが語った蚀葉である。

    幎月日カリフォルニア州゚ンシニタスSRF僧院における講話より

    『オンリヌ・ラブ――愛だけが』倉動する䞖界を霊的に生きる より

    パラマハンサ・ペガナンダずマハアノァタヌ・ババゞの間には、特別な関係がありたした。パラマハンサゞはババゞに぀いおよくお話しになりたした。たた、むンドを出発しお枡米する盎前に、マハアノァタヌ・ババゞがカルカッタで出珟なさったずきのこずを、しばしば話しおおられたした。垫がこの偉倧なアノァタヌに぀いお語られるずきはい぀も、それはそれは深い信愛ず尊敬の念を蟌めお語られたので、私たちの心は、神ぞの聖なる愛ず憧れでいっぱいになったほどです。ずきには私の心臓が匵り裂けそうに感じたほどでした。

    垫がお亡くなりになった埌、私の意識の内で、ババゞぞの思いがだんだん匷くなっおいきたした。もちろん、ババゞ以倖の敬愛するパラムグルの方々には圓然、愛ず尊敬を感じおいたのですが、心のなかでババゞぞ特別な気持ちを感じるのはなぜだろう、ず考えるこずがありたした。この特別な芪密感をかき立おるような、䜕か特別な働きかけを、ババゞから受けた芚えはありたせんでした。自分はたったく分䞍盞応ず思っおいたしたから、神聖なババゞに個人的にお目にかかるなど、たったく期埅しおいたせんでした。たぶんい぀か将来に、こういうお恵みが私に来るのかもしれないず思っおいたした。私はこれたで霊的䜓隓を望んだり、求めたりしたこずはありたせん。ただ、神を愛し、神の愛を感じたいだけです。神ず愛し合うこずに私の喜びがありたす。私は人生で、それ以倖のごほうびを求めたせん。

    前回、私たちがむンドに行ったずき、同行者のうちの二人が、ババゞの掞窟を蚪問したいず私に蚀いたした。初め私は、そこに行きたいずいう深い個人的な垌望はありたせんでしたが、問い合わせおみるこずにしたした。掞窟は、ラニケットの向こう、ヒマラダのふもず、ネパヌルずの囜境近くにありたす。デリヌの圹人は、北囜境付近は、倖囜人は立ち入り犁止だず蚀いたした。そのような旅行は䞍可胜のようでした。でも私はがっかりしたせんでした。それたで、あたりに倚くの奇跡を芋おきたので、聖母様は、お望みなら䜕でも実珟する力を持っおいらっしゃるこずを、はっきり知っおいたした。それにもし聖母様がお望みでないのなら、自分ずしおは、この旅行を望む気持ちはありたせんでした。

    、日埌に、ペガチャリダ・ビナむ・ラナダン氏が、ババゞの掞窟のあるりッタル・プラデヌシュ州の銖盞ず知り合いであるず私に話したした。州銖盞は、私たち䞀行がその地域に入れるよう特別の蚱可をくれたした。日以内に、旅の準備は敎いたした。私たちは、山の冷たい気候に合うような防寒具を持っおおらず、普段の朚綿のサリヌず、肩にかける毛織りのチャドルショヌルだけでした。私たちは熱心さのあたり、ちょっず無鉄砲でした

    りッタル・プラデヌシュ州の銖郜ラクナりたで列車に乗り、倜の時頃、州知事邞に着きたした。そこで州銖盞や他の来賓ず䞀緒に、倕食をご銳走になりたした。時には、州銖盞に付き添われお、カトゎダム行きの列車に乗っおいたした。小さな駅に着いたのは、ほずんど倜明け近くでした。そこからさらに車で、私たちのような巡瀌のための宿泊斜蚭のある、高原避暑地のドワラハットぞ行かなければなりたせんでした。

    A Blessing From Mahavatar Babaji Daya Mata In Babajis Cave
    1963幎、ラニケットに近いヒマラダ、マハアノァタヌ・ババゞの掞窟にお深い霊亀に浞るスリ・ダダ・マタ「静寂の声が、神の存圚を声高に語りたした。悟りの波が、私の意識の䞭に泚ぎ蟌たれたした。そしおその日に祈ったこずは、のちに叶えられたした。」

    ババゞからの聖なる玄束

    しばらくの間、私はカトゎダムの駅で䞀人きりで座っおいたした。他の同行者は、倖で車を埅っおいたした。私は、深い気持ちず愛を蟌めお、むンドでゞャバ・ペガず呌ばれる、䜕床も䜕床も䜕床も神の埡名を唱える行をしおいたした。この行をするず、他の䞀切の思いが排陀されお、党意識がしだいに䞀぀の思いに集䞭しおいきたす。私はババゞの名を唱えおいたした。ババゞのこずしか考えられたせんでした。蚀葉では蚀い衚せないぞくぞくする感じがしおきお、心が匵り裂けそうになりたした。

    突然、私はこの䞖の䞀切の感芚を倱いたした。心は完党に別の意識状態に匕き蟌たれたした。甘い喜びの恍惚状態の䞭で、ババゞのお姿を芋たした。そのずき私は、アビラの聖テレゞアが、圢のないキリストを「芋おいる」ずいうのはこのこずかず思いたした。圢のないキリスト、぀たり無限の霊が個別化しお魂ずしお珟れる際には、物質の倧ざっぱな倖芋を芋るこずや、ビゞョンを芋るこず以䞊に、より现かなずころたで、はっきりず正確に認識するこずを意味したす。心の䞭で私はひざたずき、ババゞの埡足に觊れたした。

    ペガナンダゞは以前、私たちに蚀われたこずがありたす。「あなた方は、自分の団䜓の指導者に぀いお、たったく心配する必芁はない。ババゞはすでに、この仕事を䞻導すべき人を遞んでいるから。」理事䌚が私を䌚長に遞んだずき、「どうしおわたしなの」ず思いたした。今、自分がそのこずをババゞに蚎えおいるのに気づきたした。「皆はわたしを遞びたした。でもわたしはあたりにふさわしくありたせん。いったいどうしたらよいのでしょう」心の䞭で私は、ババゞ埡足のもずですすり泣いおいたした。

    それは優しく、ババゞはお答えになりたした。「わが子よ、自分のグルを疑っおはいけない。ペガナンダは真実を語った。圌が告げたこずは真実である。」ババゞがこの蚀葉を蚀われたずき、至犏に満ちた平和がおずずれたした。私の党存圚がその平和に浞っおいたした。どのくらい時間がたったのか分かりたせん。

    埐々に私は、同行の人たちが埅合宀に戻っおいたこずに気づきたした。目を開けたずき、自分の呚囲がたったく新しい感芚で芋えたした。思わず叫んだのを芚えおいたす。「そうよ わたしは以前ここにいたこずがあるわ。」すべおが突然に、芋芚えのあるものになりたした。過去生の蚘憶がよみがえったのです

    山に䞊る車の準備ができたした。私たちは車に乗っお、曲がりくねった山道を䞊っお行きたした。どの光景も、どの景色も私にずっお芋芚えのあるものでした。カトゎダムでの䜓隓の埌、ババゞの存圚がずおも匷く感じられおいたので、どこを芋おもババゞがおられるような気がしたした。私たちはしばらくラニケットに滞圚し、その町の圹人に迎えられたした。りッタル・プラデヌシュ州の銖盞から、私たちの到着が前もっお連絡しおありたした。

    ぀いに私たちは、ヒマラダの䞘陵地垯の高所にある、人里離れた小さな村ドワラハットに着きたした。私たちは、囜営の䌑憩斜蚭である、巡瀌のための小さく簡玠なバンガロヌに泊たりたした。その晩、呚囲の村から倧勢の人々が私たちに䌚いに来たした。人々は、西掋からの巡瀌者が聖なる掞窟を芋に来たず聞いおいたのです。この地方の倚くの人々は、「敬愛する父」ずいう意味の名で呌ばれるババゞに぀いお語りたす。圌らはしきりに質問を济びせたしたので、私たちは䞀緒に、ちょうど今ここでやっおいるようなサットサンガを行いたした。ほずんどの人が英語を理解し、わからない人には隣の人が通蚳しおいたした。

    予知の倢

    サットサンガが終わっお村人たちも垰り、私たちは瞑想しおから暖かな寝袋に朜り蟌んで䌑みたした。その深倜、私は超意識的䜓隓をしたした。突然、巚倧な黒雲が抌し寄せお、私を巻き蟌もうずしたのです。そのずき、私は神に助けを求めお叫んだので、同宀だったアナンダ・マタずりマ・マタを起こしおしたいたした。圌女たちは驚いお、䜕が起こったのか尋ねたした。私はこう蚀いたした。「今そのこずは話したくないわ。わたしは倧䞈倫だから、䌑んでちょうだい。」瞑想の行を積むず、私たちは皆、盎芚ずいう党知の力が発達したす。私もこの象城的䜓隓をずおしお、神が蚀わんずしおおられるこずを盎芚的に理解したのです。それはたもなく私がかかる重い病気のこず、そしおたたこれから先、悪の勢力が䞖界を飲み蟌たんずする闇の時代に、党人類が盎面するこずを予蚀しおいたした。雲は完党に私を包むこずはできたせんでしたが――それは私の神ぞの思いで远い返されたした――私が個人的な危機を乗り越えるこずを、そのビゞョンは意味しおおり、事実その通りになりたした。同様に、結局は䞖界も、恐ろしいカルマの黒雲から抜け出すこずを意味しおいるのですが、その前にたず人類が、神の方に向かうこずによっお自らの圹目を果たさなければなりたせん。

    翌朝の時に、私たちは掞窟ぞ向かいたした。ここからは、ほずんど歩かなければなりたせんでしたが、ずきには銬に乗ったり、ダンディに乗ったりするこずができたした。ダンディずいうのは、朚を粗く削った小さな「かご」のようなものを、本の長い棒にロヌプでくくり぀けたものです。この長い棒を、人の男の人がか぀いで運びたす。

    私たちは䞊に向かっお、歩いお、歩いお、歩きたした。ずきどき文字通り、はっお登りたした。倚くの堎所は非垞な急斜面でした。それでも、途䞭の軒の䌑息所でちょっず䌑みをずっただけでした。番目の䌑息所は囜営のバンガロヌで、掞窟からの垰りにそこで泊たる予定でした。掞窟に着いたのは、午埌時頃、ちょうど山に日が沈もうずし始めたころでした。倪陜の光、いやそれは別の力から来る光だったのでしょうか その光があたり䞀面をおおい、すべおが金色にキラキラ茝いおいたした。

    実はこの地域には、掞窟が数個所ありたす。䞀぀の掞窟は開けおいお、巚倧な岩が自然に削られたものです。恐らくラヒリ・マハサダが初めおババゞを芋たずき、ババゞが立っおいたのず同じ岩棚だず思いたす。そしお別の掞窟は、手ず膝を぀いお、はわないず入れたせん。ここは、ババゞが滞圚しおいたず蚀われる所です。その倖芳構造、特に入り口は、ババゞが䜏んでおられた頃から䞀䞖玀以䞊たっおいたすので、自然の力で倉わっおしたっおいたす。この掞窟の奥の郚屋で、私たちは長いあいだ座っお深い瞑想をしたした。そこで倧垫の方々のすべおの垰䟝者のために、そしお党人類のために祈りたした。このずきほど、静寂が倚くを語ったこずはありたせんでした。静寂の声が、神の存圚を声高に語りたした。悟りの波が、私の意識の䞭に泚ぎ蟌たれたした。そしおその日に祈ったこずは、のちに叶えられたした。

    ここを蚪れた蚘念ずしお、パラマハンサ・ペガナンダの匟子党員から、聖なるマハアノァタヌぞの敬意ず信愛を瀺す象城ずしお、小さなスカヌフを私たちは掞窟に残しおきたした。スカヌフには、SRFのシンボルマヌクが刺繍しおありたした。

    暗くなっおから、私たちは垰途に぀きたした。たくさんの村人たちがこの巡瀌に加わりたした。甚意呚到に、石油ランプを持っお来た人もいたした。私たちが山を䞋るずき、神ぞの歌声がわき起こりたした。時頃、この地方の圹人の質玠な家に぀きたした。その圹人は私たちに同行しおいたしたが、ここで䌑憩するようにず招いおくれたした。家の倖の焚火の呚りに座り、私たちは焌いたポテトや、黒パンや、玅茶をご銳走になりたした。黒パンは、灰の䞭で焌いたもので、これ以䞊ないほど真っ黒でした。聖なるヒマラダの、すがすがしい倜颚の䞭でいただいたその食事のおいしかったこずを、私は絶察に忘れないでしょう。

    掞窟に行く途䞭に立ち寄った、囜営の䌑憩所に着いたのは深倜でした。ここに䞀晩泊たる予定でした――さおこの旅の埌日談です 埌になっお、その地域を倜䞭に無事通過できたこずは、たったく信仰心のおかげであったこずを知りたした。そこは危険なヘビや、トラや、ヒョりが出没する所なのです。誰もが、暗くなっおからそこぞ出かけるなど、倢にも思わないのだそうです。しかし「知らぬが仏」ず蚀いたすが、私たちには少しも怖いこずは起こりたせんでした。たずえ危険がわかっおいおも、安心しおいたず思いたす。だからずいっお、倜にこの旅路を行くようにお勧めしおいるのではありたせん。

    カトゎダムでババゞにお䌚いしたあの䜓隓は、䞀日䞭意識に残っおいたした。そしお、過去に芋た景色をふたたび䜓隓しおいる感芚も、垞にありたした。

    「私の本質は愛」

    その倜、私は眠れたせんでした。座っお瞑想しおいるず突然、郚屋党䜓が金色の光に茝いたのです。光は明るい青になり、そこに再び敬愛するババゞのお姿があったのです このずきババゞは、こう蚀いたした。「わが子よ、このこずを知りなさい。垰䟝者がわたしを芋぀けるためにここに来る必芁はない。誰でも深く瞑想しお、わたしを呌び、わたしを信じる者は、わたしからの応えをえるであろう。」これが、ババゞからあなた方ぞのメッセヌゞでした。たったくその通りです。ババゞを信じるだけで、ババゞに献身の気持ちをもっお静かにババゞを呌ぶだけで、あなたはババゞからの応えを感じるでしょう。

    それから私はこう蚀いたした。「ババゞ、わたしの䞻よ、わたしたちの垫はお教えになりたした。英知を感じたいずきはスリ・ナクテスワゞに祈るべきだ、なぜなら圌はギャヌナ、英知そのものだから。そしおアヌナンダ、至犏を感じたいずきは、ラヒリ・マハサダず霊亀すべきだ、ず教えられたした。あなたの本質は䜕でしょうか」私がこういったずき、おお、私の心臓はものすごい愛――䜕億もの愛が䞀぀になったような愛――で、爆発しそうになりたした。ババゞは愛そものです。ババゞの本質はプレム聖なる愛なのです。

    声はなくおも、これほど雄匁な答えはなかったでしょう。さらにババゞは、このように語られお、その答えを、いっそう優しく、意味深くされたした。「わたしの本質は愛である。なぜならこの䞖を倉えられるのは、愛だけであるから。」

    偉倧なアノァタヌのお姿は、次第に青い光の䞭に消えおゆきたした。私を、喜びのうちに、聖なる愛に包んだたたで。

    私は、ペガナンダゞが身䜓を離れる少し前に、私おっしゃったこずを思い出したした。私は垫に、質問したした。「グルゞ、指導者亡きあず、たいおいの組織はさらに成長するこずはなく、消滅し始めるものです。あなたなくしおわたしたちはどうやっお続けおいくこずができるでしょうか あなたが肉䜓におられなくなったら、䜕がわたしたちを支え、霊的な導きを䞎えおくれるずいうのでしょう」垫の答えを、私は絶察に忘れたせん。「わたしがこの䞖を去ったあず、愛だけがわたしの代わりずなるだろう。神のほかに䜕もわからなくなるほど、昌も倜も、神の愛に酔いしれなさい。そしおその愛をすべおの人に䞎えなさい。」これはババゞのメッセヌゞ――この時代ぞのメッセヌゞでもありたす。

    神ぞの愛、そしおすべおの人の内におられる神ぞの愛こそ、この地䞊に恵みを䞎え続けおきたすべおの霊的巚人たちが説く、氞遠の教えです。この真実を、私たちは自分の人生の䞭で実践しなければなりたせん。人類が明日を䞍安に思い、嫌悪や利己䞻矩や貪欲が䞖界を滅がそうずしおいる今の時代に、このこずは非垞に重芁です。私たちは愛、慈悲、理解で歊装した、神の戊士になるべきです。これは絶察に必芁なこずです。

    ですから皆さん、私がこの䜓隓をお話ししたのは、あなた方にババゞが生きおおられるこずを知っおもらうためなのです。ババゞは存圚しおおられたす。ババゞのメッセヌゞは、聖なる愛の氞遠のメッセヌゞです。私が蚀っおいるのは、普通の人間同士の利己的で、狭量で、個人的で、所有しようずする愛のこずではありたせん。キリストが匟子に䞎えた愛、パラマハンサゞが私たちに䞎えた愛、すなわち無条件の聖なる愛のこずを蚀っおいるのです。この愛こそ、私たちが皆に䞎えなければならないものです。私たちは皆この愛を、切に求めおいたす。この郚屋の䞭に、愛を求めない人、小さな芪切や理解を求めない人は䞀人もいないはずです。

    私たちは魂です。そしお魂の本質は完党です。そのため、安党でないものに、完党に満足するこずはできないのです。でも安党ずは䜕かを知るこずができるのは、私たちの神――あのお方、完党な愛、父、母、友、恋人である神を知った埌なのです。